一人の少女が居ました。
少女はいつも小さな部屋の中に居ます。
外へ出る事もなく、誰かを招き入れる事もなく、毎日を一人部屋の中で過ごしていました。
部屋の中には沢山のぬいぐるみとお人形がありました。
沢山の本と、沢山の絵本。
ローズの香りが漂い、カーテンも家具も全てピンク色。
それから沢山のオルゴール。
メリーゴーランドの形をした物、天使の形をした物、木箱で出来た物、様々な形をしたオルゴール。
全て彼女の宝物です。
部屋の中には彼女の大好きな物で、溢れていました。
この部屋は彼女のお城。
彼女にとってお城でした。
少女はこのお城で、王子様が迎えに来てくれるのを、待ち続けていました。
沢山読んだ物語。
その中には、いつも王子様がお姫様を助けに来てくれます。
『王子様』と書かれていなくても、男の人が女の人を助け、守り、迎えに来てくれていました。
少女は思いました。
「女の子は皆お姫様。男の子は皆王子様。誰にでも必ず、王子様が迎えに来てくれる。」
そして少女は待ち続ける事にしました。
「私の所にも王子様が迎えに来てくれる。」
一つ夜を越えては、朝を迎え。
また夜を越えて・・・。
しかし、待てども待てども王子様は来てはくれませんでした。
少女は考えました。
「どうしてこんなにも待っているのに、迎えに来てはくれないんだろう?」
そして沢山ある本の中から、一番好きなお話の書かれた童話を一冊開きました。
もう一度本に書かれたお話を読み返してみます。
するとそこには、危険の迫ったお姫様の所に、王子様が助けに現れる場面が書かれていました。
少女は思いました。
「あぁ・・・危険が身に迫れば助けに来てくれるのね。今の私には何の危険もないから、来てくれないのね。」
少女はナイフを手に取り、腕をナイフで切り刻んでみました。
チリチリと痛みが体中に走り、腕からは真っ赤な血が溢れ出てきます。
ピンク色の床にポタポタと零れ落ちる血は、床に赤い薔薇を沢山咲かせました。
「痛い・・・痛い・・・。助けて王子様・・・。」
ポロポロと涙を流しながら、少女は王子様に助けを求めました。
しかしいつまで経っても王子様は助けに来てはくれません。
血塗れの腕と床を、涙を流し見つめる少女。
少女はまた思いました。
「自分で傷付けても、危険ではないから来てくれないんだ・・・。」
少女は傷の手当てを自分でし始めました。
クルクルと腕に白い包帯を巻き付け、血塗れになった床を綺麗に拭こうとします。
「赤色も・・・綺麗・・・。」
次の日の朝。
少女は部屋中ピンク色だったカーテンや家具、全てを赤色の物へと変えました。
「やっぱり赤色の方が綺麗。」
少女は嬉しそうに、カーテンを閉じては開いてと遊びます。
またカーテンを開けた時、ふと窓の外に目をやりました。
外には手を繋いで仲良く歩く、男女の姿が目に映りました。
「あの子は王子様が迎えに来てくれたんだ。」
少女は手を繋ぐ女性を、羨ましそうに見つめていました。
その女性がとても羨ましく、妬ましく、憎らしく、恨めしく思いました。
シャッとカーテンを一気に閉めると、手元にあったぬいぐるみの首を、ハサミで切り落としました。
少女は嬉しそうに笑います。
~♪キラキラ綺麗なお星様~
こっちへおいで♪あっちへお行き♪
一番輝くお星様♪こっちへオイデ
残るは醜いお星様♪あっちへお逝き
クルクルリボンを巻き付けて~
私に捧げて綺麗な指輪♪~
星空を見上げながら、楽しそうに歌う少女。
王子様が迎えに来てくれる事が、待ち遠しくてたまりませんでした。
色々な事を想像しました。
どこから入って来るのか、どうやって現れるのか、どの様に登場するのか。
そして一番初めに言ってくれる言葉は何だろうか。
「きっと遅れてごめんね・・・かな?」
少女は嬉しそうに笑います。
「それとも待たせてごめんね?」
少女はまた嬉しそうに笑います。
しかし、ずーっとずーっと星空を見つめていると、何故か心は段々と寂しくなってきました。
とても寂しく、とても不安になってきました。
「本当に・・・来てくれるのだろうか・・・。」
少女は初めて、『来ないかもしれない』と言う不安に襲われました。
一つの不安は、無数の不安を生みだします。
『来ないかもしれない』『来てくれないかもしれない』『見つけてくれないかもしれない』『気付いてはくれないかもしれない』
無数の小さな不安は、一つの大きな不安へと生まれ変わりました。
「私の所には来ない・・・。」
少女は手を繋いで歩いていた男女の事を、思い出しました。
「あの子の所には来たのに、私の所には来ない・・・。」
そして部屋にある沢山の本を、棚から全部取り出すと、床に広げて何冊もの本のページをパラパラと開きました。
「このお話では迎えに来ている。このお話でも助けに来ている。このお話も・・・このお話も・・・どのお話でも、どの子にも・・・。お話の中以外の子の所に も!!」
少女は本のページをビリビリと破り始めました。
全て王子様が登場しているシーンばかりを。
「ここにも!ここにも!!ここにも!!!ここにも!!!!王子様は迎えに来ている!!!!」
気付けば部屋中、破り捨てた本のページが散乱していました。
部屋中に舞い散る紙の中で、少女は泣きながら叫びました。
「どうして!!どうして私の所には来てくれないの!!!!」
そして床に広げた本を、壁に向かって投げつけました。
何度も何度も投げつけ、何冊も何冊も投げつけて。
部屋に飾られていたオルゴールに当たると、オルゴールはメロディーを奏でながら、床へと落ちて行きます。
床に落ちても鳴り続けるメロディー。
少女はその音に、笑われている様に感じました。
「物の癖に・・・。」
落ちたオルゴールを拾い上げると、何度も何度も床に叩き付けました。
その度にまた音が鳴ります。
ようやく音がしなくなった頃には、オルゴールはバラバラになり、壊れてしまっていました。
「物の癖に・・・笑うから・・・。」
少女は砕けた破片を手にすると、尖った先をじっと見つめます。
そして思いました。
「来てくれないのなら・・・なればいい。私が王子様になればいい。」
手にした破片を強く握りしめると、掌からはポタポタと赤い血が滴り落ちました。
少女は長い黒髪を、ハサミでバッサリと短く切り落としました。
そして男物の洋服に着替えると、部屋から外へと出て行きます。
ずっと籠りきっていたお城。
彼女はお城の中にある物全てを、お城ごと捨てる様に外へと飛び立って行きました。
「王子様にはお姫様が必要。王子様はお姫様を待っていたりはしない。迎えに行くの。だから僕が迎えに行くんだ。」
そうして少女は少年になり、街へと向かいました。
お姫様を探しに街中を歩き回る少年。
しかし周りを見渡しても、どこにも少年のお姫様らしき姿は見当たりません。
少年は思いました。
「お姫様を探すのは、難しいんだ・・・。」
それでも諦めずに、自分だけのお姫様を探し続けました。
右を向いて左を向いて。
前を向いて後ろを向いて。
上を見て下を見て。
探し続けます。
そうしている内に、少年はある事に気付きました。
「こんな街中にお姫様がいるはずがない・・・。ここにいるのは、汚れた夢を飼っている魔女ばかりだ・・・。」
少年は街を後にし、今度は静かな町へと向かいます。
しかしそこでも一向に見付かる気配はなく、いつの間にか日は沈み、空は暗闇に包まれていました。
夜空を見上げた少年は、キラキラと輝く一番星を見つけました。
「君はお姫様?」
一番星に向かって問い掛ける少年。
しかし星は何も答えてはくれません。
少年は星を見つめながら歩き始めました。
一番星をめざす様に歩き続けます。
しかし進めば進む程、星はどんどん遠ざかって行く様に感じました。
「どうして逃げるの?」
追いかける様に歩き続ける少年。
気付けば周りは暗闇に包まれ、いつの間にか星も消えてしまっていました。
少しの街灯の光。
その光の中に浮かぶ沢山の石。
少年は周りを見渡しました。
「お墓が沢山・・・いつの間にこんな所に来てしまったんだろう・・・。」
気付けばお墓に囲まれていた少年は、足元に咲く一輪の赤い薔薇を見つけました。
少年はその薔薇を拾い上げると、また周りを見渡します。
すると同じ赤い薔薇が沢山供えられた、一石のお墓を見つけました。
「あの人は、赤い薔薇が好きだったんだ。」
赤い薔薇の咲くお墓に近づくと、少年は手にした一輪の薔薇をそっと添えました。
街灯の微かな光に照らされる、墓の主の名前。
石に刻まれた文字。
それは少年の知る名前。
「あぁ・・・そうか・・・。」
少年は刻まれた名前を指で優しく撫でると、涙を流しました。
「だから私の王子様は、どんなに待っても迎えには来てくれなかったのね・・・。」
少女はポロポロと涙を流しながら、その場を後にまた街へと向かいました。
街へと戻った少女は、街の中で一番高い建物の屋上に行きました。
お墓から持って来た一輪の赤い薔薇を手にして。
「待っているばかりじゃダメなんだ。私が王子様の所に会いに行かなくちゃ・・・。」
「僕は王子様でもあるんだ。だからお姫様の元へと行かなくちゃ・・・。」
今度は夜空を見上げず、街を見下ろしました。
沢山の街灯がキラキラと光輝いています。
「こっちの星も綺麗・・・。」
そして少女は、下に輝く星の中へとー自分を投げ捨てました。
「なんだ・・・最初からこうすればよかったんだ・・・・。」
ーーーーーーーーー消ーーーーーーーー
ー忘れられない想いが有るとすれば
それは貴方にとって綺麗な物?
それとも残酷な物?
美しい恋の思い出でもいい
輝かしい栄光の足跡でもいい
温かい家族の絆でもいい
綺麗なら何でもいい・・・
だから交換した
何の価値も無い現実の想い出と
頭の中で作り上げた理想の想い出
それは逃げる為じゃなく
生きる為に
自分が壊れてしまわない為に
交換した・・・
一枚の扉を通し
入換えただけ
とても簡単で・・・とても脆くて・・・
すぐに壊れてしまったけど・・・
無理やり押込んだ本当の想い出が・・・記憶が
治まり切れなくて
戻りたいと勝手に騒いで
暴れ出して・・・
扉を壊して入って来た
戻って来てしまった
今度はもっと丈夫な扉を・・・と
また閉じ込める
だけどまた扉を破り戻って来る
その繰り返し・・・
どんなに捨てても戻って来てしまう
それが真実
本当の記憶・・・想い出・・・
生きる為に捨てているのに
何時の間にか逃げる為に捨てている
だから考えた
あぁ・・・扉だからいけないんだ・・・
扉は開いてしまうから
鍵を掛けても開いてしまうから
だから考えた
捨てるのではなく
全てを受け入れてしまえばいいと
だから扉を亡くした
そしたら・・・
死んでしまったよ
全てが・・・
貴方の想い出はきれい?
それは本物?ー
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