『
アナタは信じますか?この物語を・・・。それとも信じない?どちらでも構わない・・・。だってこれは、僕が作ったお話だから。』
ある処に一人の女が居た。ある処に一人の男が居た。老人も居れば子供も居る。成人も居れば男も女も居る。沢山の人間が居る。だけど各々が居る場所は別々 の所。それぞれが違う場所に居る。
一人は緑溢れる森林の中に。一人は真っ赤に咲き乱れる薔薇園の中に。一人は灰色に染まる洞窟の中に。一人は青く広がる海の中に。時には月の上に、あるい は見た事も無い宮殿の中に。
全ての者が同じとは言えない場所に、全ての場所に同じ物が存在をしていた。
それはどこにでも在り、誰の場所にも必ず存在している。一つの巨大な氷。
氷の中には自分が居た。それぞれの場所に居る、氷漬けにされた自分。もう一人の自分。
しかしその姿は今居る自分とは異なる者だった。氷の中の自分の姿は、全く異様な者ばかりだった。
ある者には黒い羽根が生えており、ある者には蛇の様な体をしている。別の者は岩の様な皮膚を纏っており、また別の者は下半身が魚になっていた。巨大で あったり、小人であったり、羽が有れば角が生えている者も居る。
それらは全て人間とは呼べる品では無かった。しかし紛れも無く自分と同じ顔をしている。これは紛れも無く自分なのだと、誰もが察する。
「触れてみようか?」
ある者はそう思い、氷に触れる。
「恐ろしい・・・。」
ある者はそう思い、氷から離れる。
これにより分岐が出来上がる。氷に触れた者と、氷に触れなかった者。
ここは夢の中。夢の中で訪れたそれぞれの場所。全ての人間が見る事の出来る夢ではなく、何か大切な物を探している者だけが見る事の出来る夢。心に霧の 掛った者が辿り着ける自分だけの場所。
幸運にも自分の場所に辿り着けた者達。そして彼等に与えられた選択。氷を『触れる』か『触れない』か。氷の中のもう一人の自分を『認める』か『認めな い』か・・・。
夢を見た者が目を覚ますと、そこに分岐が現れた。
『氷を触れなかった者』はいつもと変わらぬ日常へと戻って行った。大切な物は見付からぬまま、心の中には霧が掛かったまま平凡な日々を過ごして行く。
『氷を触れた者』は変化が起こった。氷の中に居たもう一人の自分が、今の自分の中へと入っていた。夢の中から連れて来てしまったのだ。鏡の中にはもう一 人の自分の姿が映る。その姿は美しい者も有れば、醜い者も。
しかし心の中に掛っていた霧は、綺麗に晴れ渡っていた。とても清々しい気持ちになっていた。探していた物が何だったのか、分かった様な気がし、見つけた 様に思えた。
それは記憶だった。もう一人の自分の記憶・・・。
それから日常が日常で無くなり、生活の全てが変わった。以前よりも幸せに感じる者も居れば、以前に増し不幸に感じる者も居た。しかし『死』を恐れる事が 無くなった。『生』を感謝する事も無くなった。ただ『今』を大切に感じる様になった。
『
彼等が見た氷の中の自分は、何だったのだろうか?隠し続けていた心?認める事の出来なかった思い、歪み、又は願望。それぞれが様々な見解をし、考え る。しかし僕はこう答えよう。氷の中に居た自分と同じ顔をした者は、それは彼等の前世だったんだよ。氷に触れた者は前世の記憶を取り戻した。だから日常も 変わってしまったんだ。触れなかった者は変化を拒んだ。変わり映えの無い日常を選んだんだろう。でもこれは夢の中のお話であり、夢から覚めたと思い込んで いるだけかもしれない。まだ夢は続いていて、彼等はまだあの氷の前に居るのかもしれない。ならばどこからが現実?それを決めるのも彼等だろう。触れた後 か・・・触れる前か・・・。
だって、夢の続きは好きなだけ自分で作る事が出来るんだから・・・。』
アナタが夢の中で氷漬けになった自分を見付けたら、触れてみる?それとも触れたりはしない?
どちらが幸せになれるだろうか・・・。
[1回]
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