此処に寂れた町が在る。
建物は壊れ、人々は去り、僅かに止まる者達は、まるで屍の様にただそこに居るだけ。
墓場の様な町から、『墓場の町』と呼ばれている。
元々はとても活気に溢れた町だった。
毎日飛交う商人達の声。
無邪気に走り回る子供達。
陽気に音を奏でる演奏者達。
そして少し離れた所に在る教会には、何時も沢山の人が足を運んでいた。
しかし、国の反乱と共に戦の数も増え、度重なる戦争の度に男達は戦地へ・・・。
女達は部隊地区の病院へと送られた。
町に残された子供達は、ただ大人達の帰りを待つことしか出来ず、町は日に日に壊れて行った・・・。
ようやく戦が終わり、生き残った者達が町へと帰るとそこには嘗て自分達が過していた町は無く・・・。
ただ壊れた家と・・・多くの子供の骨が有るだけだった・・・。
死んだ子供の側に居たいのか・・・壊れた町に止まる者もいれば、死んだ子供を忘れたいのか・・・町を捨て、別の地へと旅立つ者もいた。
こうして町は『墓場の町』となってしまった・・・・。
そんな町に何時からか、夜になると微かに歌が聞こえて来る様になっていた。
その歌声はとても優しく、とても悲しく、とても美しい少女の奏でる声。
町の人々はその歌声に気付いているのか、気付いていないのか・・・。
歌が聞え始めても、屍のままだった。
今夜も少女の歌声が響く。
♪零れ落ちる涙の下には白い羽根
神様からの贈り物
残酷な贈り物
ありがとう ありがとう
見上げてみた夜空の上には愛する人
天使に恋をした人々
禁断の恋をした
さようなら さようなら
置いてけぼりの私は何処へ行けばいいの?
ただアナタの帰りを待つ
また会えるよね 私達
アナタの笑顔なら此処に在るわ
鍵を掛けて逃げないように
離れれば離れる程強くなる
もう私の手は届かない
次にアナタに触れられるのは
神様が消えてからかな?
私なら此処にいるわ・・・♪
微かに聞える歌声が町に響く。
その歌声に、一人の青年は何時も耳を傾けていた。
涙を流しながら・・・。
ただ一人、歌を聴いて泣いていた。
「あぁ・・・今夜もまた聞える・・・。誰が歌っているんだろう?何処で歌っているんだろう?この美しく悲しい歌を・・・。」
青年は歌声の持ち主が誰なのかが、気になり始めていた。
戦争で両親を失った青年は、ただ一人この町に残した幼い妹を探す為、町へと戻って来た。
生きているか、死んでいるかも分らぬまま・・・。
そして死んでいる確率の方が高いと分かっていながらも、毎日毎日妹を捜し続けている。
消えそうな希望を信じて。
青年はこの歌を唄っているのは、もしや妹では・・・と思い始めていた。
夜が明けてまた夜が来る。
当たり前の現象なのに、青年はまた夜が訪れる事に安心感を覚えていた。
「よかった・・・今日もちゃんと夜が来た・・・。またあの歌が聴ける。」
夜にしか聞えない歌。
夜にだけ響く、少女の歌声。
青年は瓦礫の上に座り、そっと目を閉じ、耳を澄ました。
周りが寝静まり、悲鳴の様な風の音が聞え出した頃に、歌声は聞こえて来る。
♪零れ落ちる涙の下には白い羽根
神様からの贈り物
残酷な贈り物
ありがとう ありがとう
見上げてみた夜空の上には愛する人
天使に恋をした人々
禁断の恋をした
さようなら さようなら・・・♪
今宵もまた微かに聞えて来た、少女の歌声。
青年は始めは静かに歌を聴いていたが、しばらくすると立ち上がり、迷う事なく歩き出した。
「こっち・・・こっちだ。こっちから聞えて来る。」
青年は歌が聞えて来る方向を、耳を凝らして探していたのだ。
風の音を消し去り、歌声だけを集中して耳の中に入れる。
その内歌声が歩いて来る道が、聞えて来る。
青年はその道を辿り、歌声の元へと歩き続けた。
「歌声が大きくなって来た・・・。近い・・・。」
まるで何かに吸い込まれるかの様に、青年は少女の歌声を目指し歩き続けている。
少女の正体が妹ではないか、と言う期待を秘めて。
青年が辿り着いたのは、嘗て多くの人々が足を運んだ、町の少し離れた所に在る教会だった。
今は廃墟と化した教会・・・。
「此処から聞えて来る。この教会の中から・・・。妹と・・・家族皆で毎日行っていた・・・この教会から・・・。」
青年は、今にも壊れそうな教会のドアをゆっくりと開けた。
錆付いたドアは、鈍い音を立てながら開く。
中に入り、一歩一歩進む度にギシギシと音がする。
今にも底が抜けそうな床・・・。
腐りかけた椅子。
壊れた祭壇。
崩れ落ちた十字架・・・。
その十字架の下から、歌は聞えて来る。
青年は壊れた祭壇の前に立つと、そっと奥を覗いた。
そこには少女では無く、オルゴールを手にした少年が座っていた。
歌声は少年が持つオルゴールの中から聞えて来る。
まるでオルゴールが歌っているかの様に、とても滑らかに・・・。
「少・・・年・・・?」
青年は意外な歌声の持ち主に、驚く事も悲しむ事も出来ずにただ立ち竦むだけであった。
[2回]
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