青年の目に映るのは少年。
少年が手に持つのはオルゴール。
オルゴールから聞えて来るのは少女の歌声。
それはとても普通で、とても不思議な光景だった。
青年にとっては、この上ない違和感が漂う後景・・・。
「君は・・・何時から此処にいるの?」
囁く様な小さな声で青年は少年に尋ねると、少年は表情一つ変えずに問に答えた。
「生まれた時から」
迷いの無い答え・・・。
青年はこの少年がどうやって今まで生き延びたのか、と言う疑問よりも、オルゴールの中の歌声の正体、そしてその歌声を手にしている少年の正体の方が、気になって仕方がなかった。
「その歌は、誰が歌っているの?」
青年はゆっくりと膝を床に付けながら問う。
「・・・妹・・・。」
そう答える少年に、青年は悲しそうに微笑んだ。
「そう・・・。君の妹が歌っていたんだ・・・。僕にもね、妹がいるんだ。髪は金色で腰まで長くて、瞳が青くて・・・歳は君より少し下かな・・・。君・・・見掛けなかったかな?」
青年がそう聞くと、少年は何も言わずにじっと青年の瞳を見つめ、しばらくするとそっとオルゴールの蓋を閉じた。
少女の歌声が止む・・・。
「知らないか・・・。」
自然と出た青年の声が、教会に響く。
教会の中には悲鳴の様な風の音だけが聞えて来る。
暗い教会の中には、青年と少年と・・・オルゴールが一つ・・・。
聞えて来るのは嫌な風の音だけ・・・。
何も話そうとしない少年に、青年は静かに尋ねた。
「君の妹・・・名前は何て言うの?」
少年もまた、静かに答える。
「・・・パンドラ・・・。」
名だけ呟いた少年に向かい、青年は嬉しそうに言った。
「パンドラ・・・そう。そう何だ。僕の妹と同じ名前だ。」
まるで運命の様な出会いを感じた青年は、更に嬉しそうに尋ねる。
「君は?君は何て言う名前なの?」
少年はまた、名だけ呟く。
「・・・ノア。」
「・・・ノ・・・ア・・・?」
少年の名を聞いた青年は、嬉しそうな顔から驚いた顔に変わる。
「君も・・・ノアって言う名前なの?」
戸惑いとも言える表情の青年に対し、少年は相変わらず表情を変えること無く言う。
「あんたもノアって言うんだ。同じ名前だね。・・・妹も・・・僕等も。」
醒めた様な口調でそう言うと、少年は再びオルゴールの蓋を開けた。
また・・・少女の歌声が教会中に響き渡る。
同じ名前の青年と少年。
そして同じ名前の二人の妹。
これは偶然か・・・運命か・・・又は違う何かなのか。
その真実は、青年には余にも残酷な物であった。
知らない方が幸せな時もある、そんな言葉を証明するかの様な・・・。
唖然とする青年を尻目に、少年は語り出した。
「この町がどうして『墓場の町』って言われてるか知ってる?皆は屍の様な人達が住んでるからって思ってるみたいだけど、本当は違うんだよ・・・。
本当は・・・此処が『本当に墓場』だからだよ。・・・子供達のね・・・。」
少年の話を認めてはいけない気がした青年は、口を挟む。
「それは・・・沢山の子供達が此処で死んでしまったのは、知ってるよ。・・・事実・・・だし・・・。でもっ本当の墓場は死体を納める所であって・・・。」
「アンタは忘れてしまったんだね・・・。」
「忘れた・・・って?」
少年の言う意味が全く分からない青年に、少年は更に語り始めた。
「昔話をしてあげるよ。・・・その昔、ある一つの町が在りました。その町はとても活気に溢れていました。しかし、国の反乱により戦が起き、度重なる戦で男は戦地へ・・・女は病院へと送られ、町のは子供達だけになってしまいました。」
「それは・・・この町の・・・。」
「黙って聞いて。」
少年の言葉に青年は従うしかない。
「残された子供達は、大人達が何時でも帰って来れるよう、田畑を耕し、家が壊れれば直し、町が錆びぬよう維持し続け、守り続けました。しかし、この町には 子供しか居ない事を知った死に損いの兵隊達が、何時からか食べ物を漁りに来るようになりました。子供達は田畑を耕すのを止め、兵隊達を町から遠ざけようと しましたが、兵隊達は田畑を耕すよう子供達に命じ、従わない者は皆の前で殺すようになりました。
ある夜、兵隊達が寝静まった後、子供達は持てるだけの食糧を手にし、少し離れた教会へと逃げ込みました。兵隊達に見付らぬよう、息を殺して・・・ヒッソリと教会で過し続けました。兵隊達がこの町を去るのを待ち・・・。」
そう言うと、少年は悲しそうに俯いた。
青年もまた、悲しそうに言う。
「僕等が戦っている間に・・・この町でそんなことが・・・。」
そんな青年の言葉に、少年は強い口調で言った。
「アンタは本当に忘れてしまったんだね。じゃあ、この後の事も忘れてしまったの?」
少年の問に、青年は戸惑うばかりだった。
「忘れて?さっきから、君が何を言っているのか・・・よく分らないよ・・・。僕は戦地に居たから、その後どうなったのかも分らないし・・・。」
そんな青年に、少年は更に問う。
「アンタは何時から戦地に居たの?」
「何時から?それは・・・あれ?・・・何時からだっけ・・・思い・・・出せない・・・。」
困惑する青年に、少年は更に問う。
「アンタはこの町に戻って来る間、何してたの?」
「何って・・・それは戦を・・・。」
「戦は何時終わったの?」
「・・・戦は・・・半年前に終わった・・・よ・・・。」
青年の答えに、少年はまた強い口調で言う。
「違う。戦は10年前に終わってる。」
「・・・10年前・・・?何を言って・・・。」
更に困惑する青年であったが、少年は気にする事無くまた語り出した。
「その後、子供達は逃げ出したと思い、日に日に兵隊の数は減って行ったが、何処かに隠れていると思った兵隊は、町中を探し始めた。しかし余所者の兵隊はこ の町の教会の場所を知らない。この町の教会は町から少し離れている上、回りは木々が覆っていた。大声を出さない限りは・・・教会の場所は見付らな い・・・。」
そしてまた・・・少年は悲しそうに俯いた・・・。
[2回]
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